寿命って?

暑いですねぇ~。またまた間が空いてしまいました。
コロナ自粛後の不調も今月は無く、仕事的にはなかなか良い感じだったのですが、プライベートでバタバタしており気付いたら日が経ってました💦

今日はオフで、午後1番のホットヨガに出て喉乾いた~~~!とコンビニイン
自分だけではとあんこ男に「おやつ要る?」と聞いたら、まさかの「ミスド・・・」と返って来てドツボでした(笑)
無事、あんこ男には甘~~~いおやつ、と私はCMで気になっていたコレ!!

確かにビールっぽい。。。でも後味が苦手(´;ω;`)失敗。
化学調味料もそうなんですが、後味が気持ち悪くて第3のビールも飲めないんです。
希望はクラフトビールだけど、突然飲みたい!って思ってもコンビニじゃ難しい(笑)
それでも「運動後のカラカラな喉でキューっと」を叶えてちょっと満足なオフ日です。
お盆も通常営業です。まだ空きございますので、よろしかったらどうぞ!

さて、タイトルの話。最近悶々と寿命というか、死期について考えている感じです。
コロナで「高齢者を守れ!!」もあり、先日のALS患者安楽死もありで、何となく思考が抜けきれない感じ。
ALSの安楽死に関しては、鍼灸学校時代「人工呼吸器を付けるかが大きな分かれ道になる」と教わりました。
ALSは徐々に身体の筋肉が動かなくなる病気で、最初は手足(顔回りの場合も)から始まり、徐々に大きな筋肉が動かなくなり、最後は呼吸筋など生命維持の筋肉が動かなくなる病気で、人工呼吸器を付けるか付けないかの判断が大きい。
付けなければ、呼吸筋が弱って呼吸困難→死。
付けたら、自殺どころか意思表示もままならず、全身動かないまま意識だけ保って、機械に繋がれたまま死を待つ。
というある意味究極の選択だよね。って話。
これだけ我儘な人間が、一切自由にならないまま死を待つなんて無理!と思いつつ、嚥下障害からかなぁ?以上に呼吸困難が怖い私(笑)
明らかに呼吸困難で死ぬとわかっている、人工呼吸器拒否も選びきれない・・・と結構本気で悩んでも結論が出なかったんです。
それが、あの事件をきっかけに特集された番組で、患者の7割が人口呼吸器拒否と知り、ALSの辛さを改めて思い知らされた次第です。

逆に、各種疾患に気付かず突然死というのも、当事者送る側共に残酷だなと思うわけで。
でもピンピンコロリが理想っちゃ理想で・・・
その差は何だろう?と思った時に、本人の生き方かなぁ~という結論に(今の所)至りました。
どこかで死の覚悟というか、人間いつかは死ぬという自覚の元に生きていられれば、突然死でもある程度本人は満足で、周りも納得せざる負えないというか、それなりの納得はあるかなぁ~と。
そういう意味で余命宣告って残酷でもあるけど、特に周囲の人間に対しては優しいと思っていたのですが、これも本人が覚悟決まってないパターンだといくらわかっても、ドタバタ怯えたり、辛い思いをするだけなのか?と思ったり・・・

コロナの致死率がこんなに低くても、「恐ろしい」となっている社会情勢も結局はここなのかな?
「人間いつかは死ぬ。」が医療の発達や、平和が続いたことで日本人の意識から抜け落ちてしまっている感じ。
それが突然、「元気そうに見えるな人でも突然死ぬ。」のを見て慌てている感じ?

つらつら考えているけど、まとまり切らない感じですが、寿命ってなんだろ?生きるってなんだろ?
アラフォーで一度しっかり考えても良いのかな?と感じています。
そして私の場合、「健康」で生きるという事が最低条件だと思っているので、そこに鍼灸治療がどう関われるか?
関われるだけの知識・技術をどうするか?
悶々はしばらく続きそうです。

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